酉の市が始まる!!プチ浅草情報です。

酉の市とは?

毎年11月の酉の日に開催される、浅草の鷲神社 (台東区)(おおとりじんじゃ)と 酉の寺 長國寺(とりのてら ちょうこくじ)境内で行われる酉の市です。
こんにちは、司法書士しおり綜合法務事務所です。さて今日は、台東区ネタです。

いつやるの?

平成27年の酉の市は、11月5日(木)一の酉、17日(火)二の酉、29日(日)三の酉となります。熊手を買うお店の前では、「よーっ、よよよい、よよよい、よよよいよい!商売繁盛、益々繁盛、よよよいよい!」と景気の良い三本締めなどが聞こえてくるでしょう。

酉の市の由来とは?wikiより転用させていただきました。

酉の市は、関東地方に多く所在する鷲神社、酉の寺、大鳥神社など鷲や鳥にちなむ寺社の年中行事として知られるが、現在では大阪府堺市の大鳥大社、愛知県名古屋市の稲園山七寺(大須七寺、長福寺)など関東地方以外でも開催される。多くの露店で、威勢よく手締めして「縁起熊手」を売る祭の賑わいは、年末風物詩である。

鷲神社は、日本武尊(やまとたけるのみこと)を祀り、武運長久、開運、商売繁盛の神として信仰される。関東地方では鷲宮神社埼玉県久喜市)が鷲神社の本社とされる。同社の祭神は、天穂日命武夷鳥命大己貴命である。日本武尊が東征の際、同社で戦勝を祈願したとされる。古くからこの神社を中心に「酉の日精進」の信仰が広まり、12月の初酉の日には大酉祭が行われる。

江戸時代には、武蔵国南足立郡花又村(現・東京都足立区 花畑)にある大鷲神社(鷲大明神)が栄え、「本酉」と言われた。この花又鷲大明神を産土神とする近在住民の収穫祭が、江戸酉の市の発祥とされる。現在の同社の祭神は日本武尊で、東征からの帰還の際、同地で戦勝を祝したとされる。江戸時代には、花又の鷲大明神(本地)は鷲の背に乗った釈迦とされた。この神社の酉の市は、15世紀初めの応永年間に始まるとされ、参詣人は、を献納して開運を祈り、祭が終了した後浅草観音堂前(浅草寺)に献納した鶏を放った。

江戸時代後期から、最も著名な酉の市は、浅草鷲神社 (台東区)(おおとりじんじゃ)と酉の寺 長國寺(とりのてら ちょうこくじ)境内で行われた酉の市である。江戸時代には浅草の鷲大明神(本地)は鷲の背に乗る妙見菩薩とされた。「現在の足立区花畑の大鷲神社を「上酉、本酉」、千住にある勝専寺を「中酉」、浅草の鷲神社と酉の寺 長國寺を「下酉、新酉」と称しており、江戸時代に盛大な酉の市はこの3カ所であった。幕末には巣鴨、雑司ヶ谷などの大鳥神社でも酉の市が開催されるようになる。明治時代になると千住・勝専寺の酉の市は閉鎖されたが、江戸時代から続く酉の市はいくつかあり現在も賑わっている。

浅草の鷲神社 (台東区)と酉の寺 長國寺の東隣には新吉原という遊郭が存在し、酉の市御例祭の日には遊郭内が開放されたといわれ、地の利も加わり最も有名な酉の市として現在に至る。 規模(熊手店約150店舗・露天約750店)賑わい(毎年70万人~80万人の人出)とも日本一の酉の市である。

三の酉がある年には火事が多いと言われるのはなぜでしょう?

酉の市は決まって、11月の酉の日に開かれます。酉の日は12日に1度巡ってきますから、30日間ある11月には、酉の日が2回ある年と3回ある年が発生しますよね?それで、最初の日から「一の酉」「二の酉」「三の酉」と呼ばれます。古くから「三の酉がある年は火事が多い」と言い伝えられていますが、その由縁や理由は定かではありません。実際に、火事が多いのか?というと、この時期に際立って火事が多いということも無いようです。それでは、何故「三の酉がある年は、火事が多い」と、言われるようになったのでしょう?

その理由は、いくつかあります。

1、当時の江戸では、火事が大敵でした。三の酉の頃には寒さが厳しく、火を使う機会が増える事。また空気が乾燥す時期であることから、火に対して戒めの意味で言われるようになった。2、酉の市に便乗してw、吉原(遊郭)に出かけようとする男たちを足止めする為に、「三の酉には家事が多い。だから夜遊びは程ほどにしなさいよ!」と女房達が広めた。3、地方などで、「宵に鳴かぬ鶏が鳴くと家事が出る」と言われた。など諸説あるみたいですね。それとこの事は「お多福に熊手の客がひっかかり」「そのあした熊手のオカメしがみつき」と言う川柳によってもうかがわれます。私個人的には、2かなぁ~と思うのですが・・・w

言い伝えの根拠となった大火災がある?

「三の酉がある年は、火事が多い」の根拠となったと言われているのが、明暦(めいれき)の大火です。明暦の大火、文化の大火。明和の大火と江戸三大大火の一つと言われています。個人的には、明和の大火のお話を書きたかったのですが、目黒エリアになってしまうので、その話は機会がありましたら。その明暦3年(1657年)1月18日に起こったこの火災は、2日間にわたり、江戸の大半を焼き尽くした大火災です。『武江年表』に明暦の大火の被害状況が記されていますが、「万石以上の御屋敷五百余宇、御旗本七百七十余宇、堂社三百五十余宇、町屋四百町、焼死十万七千四十六人といへり」という、とてつもないものでした。
さらに、この年は、三の酉まである年だったのです。この偶然の一致が基になり、火に対する戒めや慎みから「三の酉のある年には家事が多い」と言い伝えられるようになったと言われています。

さて、火事が多いとか、由来は置いといて、熊手を買いに出かけてみましょう!

浅草酉の市では、隣り合う「神様」鷲神社と「仏様」長国寺に両方のおとりさまにご利益をお願いできます。

詳しくは、下記のサイトを参照してみてください。

浅草酉の市のサイトはこちらから→浅草酉の市

鷲神社のサイトはこちらから→鷲神社

景気がよい話と悪い話が一緒に流れていますよね。でも、全ての方に開運招福、商売繁盛がありますように!

もちろん、お出かけの際には、火の元、戸締りを忘れずに!!!!!

このように様々なイベントがある台東区です。

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